歌舞伎町の客引きとボッタクリの裏側に迫る②

犯罪/胡散臭

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第二章 歌舞伎町の客引きと無料案内所

 本章では、歌舞伎町の客引きの実態や周辺環境などについて、フィールドワークを通して入手した情報を中心に多角的に説明する。

2.1 客引きとは何か

 客引きとは、歩行者に声をかけて店舗に案内する業態を指す。「キャッチ」と呼称されることもある。「風俗営業法」の条文(第二十二条)に従えば、客引き行為とは「特定の相手方に対し、公共の場所で、立ちふさがったり、つきまとったりして、お店に来るように誘う行為」を意味する。
歌舞伎町には特定の店に客を案内する「固定の客引き」と、客のニーズに応じた店に客を案内する「フリーの客引き」が存在する。前者は店やビルの前に立つホストやマッサージ店員、居酒屋やカラオケ店員などといったそれぞれの店の従業員であり、接客や清掃といった業務と並行した役割として担われる。一方で後者のフリーの客引きは特定の店の従業員ではなく、客引き行為を専業とする「個人事業主」を指す。そのため出勤時間などは全て個人の裁量次第である。

歌舞伎町一丁目の交差点に立つフリーの客引きたち。歌舞伎町にて撮影(2020年1月10日)

画像1) 歌舞伎町一丁目の交差点に立つフリーの客引きたち。歌舞伎町にて撮影(2020年1月10日)

フリーの客引きのほとんどは10代から40代の男性だ。彼らは路上に立ち並び、道行く人々に声をかける。多くの場合、彼らはグループを形成し、協力しあったり情報を共有したりしながら活動する。キャバクラのボーイなどの内勤を掛け持ちする者も珍しくない。
フリーの客引きたちには歌舞伎町を訪れた人々のナイトライフの充実に寄与して歌舞伎町の経済を回す原動力としてのプラスの側面がある一方で、時としてぼったくりを引き起こす、あるいはぼったくりを幇助する悪名高い存在でもある。
以下、特に断りのない限り、本シリーズにおいて「客引き」とはフリーの客引きを指すものとする。

2.2 案内の流れ

まずは歩行者を選んで声をかける。他の客引きの妨害とならない限りは、経験年数や年齢を問わず声がけは早い者勝ちである。そうして足を止めたり注意を喚起したりすることができれば交渉を開始し、客の関心や予算などを踏まえて提携先の店に連絡(客引きによって異なるが、数百以上の店に案内できる者もいるという)して店内状況を確認する。問題なければ店まで客を連れていき、送り出す。
客引きに求められる案内の方法は店によって異なる。店舗内まで入って説明してから案内を終了することが求められる場合もあれば、店の前で客を送り出す場合もある。こういったことは実践を積みながら逐一覚えていくのだという。

2.3 なぜ客引きをするのか

歌舞伎町における客引き行為は第四章で説明するように様々な条例などで禁止されている。逮捕されると少なくとも二日間は拘束され、初犯で30万円の罰金が科される。路上には私服警官が行き交い、下手を打てば逮捕される可能性は常にある。
そんな状況であるにも関わらず、客引き行為を続ける者たちが何百人もいるのは、それ相応の旨味があるからに他ならない。柔軟なワークスタイルと高収入である。その味をしめた者たちは、「もう昼職には戻れない」と口々に言う。
彼らが稼ぐ方法は世間一般の各種代理店と同じで、客を提携先の風俗店などに案内し、その店で客が支払った金額などに応じて「バック」(紹介・案内料)を獲得するというものだ。
一人一人が独立した「個人事業主」である彼らは「固定の客引き」のような時給(+インセンティブ)労働ではなく、完全歩合制で働いている。歌舞伎町に行くと客引きにしつこく話しかけられるという話は有名だが、それはそうでもしなければ低収入になってしまうからである。

2.4 客の案内先とその業態

2.4.1 主な案内先

客の案内先として、キャバクラ*1、クラブ、ガールズバー、オカマバー、オナベバー、ヘルス、ソープランド(ソープ)、おっぱいパブ*2、イチャキャバ*3、ホストクラブ、ボーイズバー、サパー、違法ギャンブル*4などが挙げられる。また、提携していれば居酒屋などの飲食店に案内してもバックを獲得することができる。
一方で、外国人観光客に人気のロボットレストラン、最大手級のオカマバーであるヒゲガール、有名ショーダンス・ガールズバーのギラギラガールズなどは客引きと提携していない(≓自前で客を呼び寄せる力が強い)ため案内対象外である。(後述する無料案内所からも同様に案内できない)

*1: 一般的なキャバクラのほか、ノーパンキャバクラや王様ゲームキャバクラなどといった様々な業態が数多く存在する。
*2: 通称おっぱぶ。セクシーキャバクラ(セクキャバ)とも言う。女性の胸を直接触ることのできるキャバクラ。
*3: キャバクラとおっぱぶの中間的業態。
*4: 裏スロット、裏カジノ、インターネットカジノ(インカジ)などがある。

2.4.2 営業時間帯とその実態

営業時間帯は店や業態によって異なるため、時間帯によって案内できる先は違ったものになる。例えば風俗営業法では、従業員が客と同席する形態の飲食店・風俗店(ホストクラブやキャバクラ)の営業時間は基本的に午前5時から午前0時30分までと定められており、午前1時以降に営業している店舗は全て法律違反となる。一方で、カウンター越しの接客業であることからガールズバー同様に飲食店扱いとなるボーイズバーは朝まで営業している。
しかしフィールドワークを通して、同席営業をしているボーイズバーや午前1時以降も営業しているキャバクラがいくつも確認された。あるビルの上階に立地するキャバクラ店は、建物のエレベーターを休止することで午前1時以降の営業を摘発されるリスクを下げていた。このように、実態としては風俗営業法を無視した違法営業店が多い。そのあまりの多さから、取り締まりが困難となっているのが現状である。この状況は少なくとも柏原が先述の書籍を出版した2003年から概ね変わっていない。これこそが柏原(2003)が、著書の中で歌舞伎町を「経済特区」と何度も強調した理由の一つである。

2.4.3 主要風俗三業態

客引きにとって大きなお金になる可能性の高い男性向け風俗店の業態は大きく三つに分けられる。キャバクラなどの同席営業型飲食店と、ピンクサロンやヘルスなどのヌキ系風俗店、そしてヌキ系の中に含まれる非合法の本番行為(セックス)を提供する店/業者である。
ヌキ系とは、手や口で男性客を射精まで導く性風俗のことである。届け出上は飲食店であるピンクサロン(完全個室や客用シャワーがない)や、性風俗店として営業しているヘルス、名目上は本番行為が行なわれないことになっているソープなど、法律上は異なっていても内容的に近いものをまとめてそう呼ぶ。
ここで、その中でも第三章において重要となるヘルス(ファッションヘルス)について説明しておく。ヘルスとは、風俗嬢が客に対して個室で性的なサービスを提供する日本における風俗店の一種である。本来は本番行為を伴わないが、本番行為ができる本ヘルスと呼ばれる違法な業態も存在する。(ただし違法)歌舞伎町における通常の価格帯は45分で1万円から2万円程度であるが、店や女性によって大きく変動する。歌舞伎町においては主に、箱ヘルと呼ばれる店舗型のもの(店が個室を用意する)、デリバリーヘルス(デリヘル)やホテルヘルス(ホテヘル)と呼ばれる無店舗型のもの(ラブホテルやレンタルルームを客がレンタルする)が存在する。現在の歌舞伎町では、第三章で説明するように無店舗型のヘルスを利用したぼったくり行為がよく行なわれている。

2.4.4 案内先の増やし方

客を店に案内するにあたって、案内先の店とは事前に提携していていつでも連絡できる状態である必要がある。客引きは働きながら他の客引きたちとの関わりの中で様々な店と繋がっていき、携帯の連絡先を増やしていく。営業用に安いガラケーを使う客引きが多い。

2.5 バック(紹介・案内料)

2.5.1 基本的なバックの仕組み

ある客引きが歩行者(以下、客)に声をかけて希望を引き出し、その時間帯に入れば1時間6000円ポッキリのとある提携先キャバクラに案内しようと思ったとする。客引きが1時間6000円と伝えて客を店まで案内すれば、客は店で6000円を支払うことになる。客引きはその店に後で出向き、店からバックをいくらか受け取る。それらは全てその都度の現金手払いである。
バックがいくらになるか、その方式は店毎に異なる。以下に説明する。

2.5.2 ゼロ落ち方式

「ゼロ落ち」と呼ばれる方式を採用している場合であればその全額が客引きの取り分となる。ゼロ落ちとは店に落ちるお金がゼロという意味であり、この場合、先の例では客引きが6000円をそのまま得ることになる。これでは店側は稼ぎがゼロになってしまうのだから意味がないように思える。しかし客にドリンクなどを追加でオーダーさせることができれば、その分は店の儲けに繋がるのである。
それでもセット料金を取ることができないのは大きな損失だ。店側としては案内による初回は割り切って、その客に店を気に入らせてリピーターになってもらうことで長期的に利益を上げることが目指される。
例えばおっぱぶに単価1万円で男性3名を入れた場合、合計前払い料金は3万円である。その店がゼロ落ちであれば、この時点で客引きの取り分3万円が確定する。いかに客引きが稼げるときは稼げる業態であるかが分かる。
ゼロ落ちは、キャバクラやおっぱぶで多く採用される方式であり、案内先として人気が高い。

2.5.3 店落ち方式

店落ちとは店の取り分のことである。例えば1万円落ちなら、客が払ったうちの1万円は店の収益となる。ヌキ系の優良店の場合、店に1万円落ちであることが多く、例えば1万5000円で客を案内すると店に1万円を取られてしまうため、客引きの利益は5千円にしかならない。しかし、例えばその店に3万円で案内することができれば、客引きは1万5000円を獲得する。
ギャンブル系の「裏スロ」に関しては、客が2万円負けた時点で客引きに2万円のバックが発生するという方式を採用する店が多い。客の負け金額が2万円未満であれば、バックはゼロである。客が5万円負ければ、客引きの取り分は固定の2万円で、店の取り分は3万円となる。

2.5.4 歩合方式

客が支払った金額の何割か(多ければ半分)をバックするという方式を採用する店もある。例えばカジノ系の店では客が負けた金額に応じて歩合が発生する。(客が勝てば発生しない)
実際の事例を一つ紹介する。以前ある客引きが捕まえた客がギャンブルの店を希望したため、その客引きは同じグループのギャンブルに強い別の客引きにその客をパス(捕まえた客との交渉や案内を他の客引きに任せること。「2.9.6 他の客引きにパスする」を参照)した。その客はバカラ(トランプカードを使ったカジノの一種)で100万円負けたため、店からのバックは店との折半(半額バック)で50万円となった。携わった二人の客引きでさらにそれを折半してそれぞれ25万円を獲得した。このように、運の要素と一攫千金性が高いのが客引きのバックなのである。
なお、客が支払った金額が一定のラインを越えれば、ゼロ落ちから歩合方式にシフトするという店もある。

2.5.5 バックは誤魔化されないのか

少なくともキャバクラのように事後会計である場合、客が店でいくら支払ったのかについて客引きが直接確認することはできない。つまり、店が客引きに対して嘘をつき、バックを誤魔化そうと思えばそれも可能ということである。客引き数名に確認したところ、たまに不明金が見なされる場合もあるそうだが、今はほとんどの店が優良店であり、そのようなことはあまり発生しないという。もし不正が発覚すれば、「ケツ持ち」と呼ばれる暴力団構成員(「2.7 背後にいるケツ持ち」参照)が出動する大きなトラブルになる。

2.5.6 バックを増やすための手口

客引きの中には、店で定められた定額よりも高い料金を客に提示する者も多く存在する。ここまで説明したように店によっては客が支払った金額に応じてバックが発生することもあるためである。先の例で言うと、本来なら1時間6000円で入れるキャバクラに、1時間8000円や1万円で案内するといった具合である。それがゼロ落ちの店ならば客引きは本来よりも2000~4000円多く受け取ることができるわけである。この場合、店側の利益が増えるわけではないが、このような手口を客引きに対して禁止すれば客引きからの案内が他に流れて減ってしまうため、よほどの高額でない限りは口出しできないのだろう。もちろん、客が支払った総額の何割かがバックされる歩合方式の店であった場合は、店にも客引きにも同様に旨味が得られることになる。
以上説明した方式は、全体的に客引きからすれば気前の良いものであると言える。なぜこのような環境になるのかというと、客引き側には貰えるバックの高い店に客を案内したいという心理が働くため、競争原理が働いた結果、客引きにとって条件の良い状況に行き着かざるを得ないのだ。法律違反である客引き行為自体がリスクを伴う仕事であることも原因だろう。
詳しくは第三章で説明するが、このシステムこそが歌舞伎町のぼったくりの根本に関わる大きな要因の一つなのである。

2.6 客引きの月収

 客引きによって個人差が激しいが、歌舞伎町の客引きたちは月にどのくらい稼いでいるのだろうか。
様々な客引きに話を伺った限りでは、皆少なくとも20万円はあり、50万円クラスはザラにいるようだ。中には200万円を越える者もいる。彼らは今に比べて規制の緩かった時代(例えば第三章で説明するぼったくりキャバクラが横行していた時代など)はもっと稼ぐことができたと口を揃えて言う。なお、そもそも客引きは違法行為にあたるため、彼らは皆税逃れをしている。つまり、稼いだお金がそのまま懐に入ることになる。
ただし、彼らの収入は安定しない。客引きたちは皆、稼げるかどうか、客を引けるかどうかは日によって大きく異なると話す。天候が悪かったり気温が低かったりすれば歩行者は減る。特によく稼ぐことができるのは年末やゴールデンウィークである。案内したくても満席続きで案内できなくなるほどに客が増えるため、訪問者数に比例して収入が増えるわけではないようだが。

2.7 背後にいるケツ持ち

客引きたちは活動していい範囲が定められている。概ね5-15m程度の範囲内でしか活動することができないのだ。歌舞伎町の路上は暴力団の縄張りであり、客引きたちはその縄張りでの営業使用料(ショバ代)を「みかじめ料」*としてケツ持ち(縄張りを管理する暴力団構成員)に毎月支払う。歌舞伎町のとある15人規模の客引きグループでは一人につき毎月6万円が徴収される。グループの代表が各メンバーから集金し、それを担当のケツ持ちに手渡すという形を取る。
つまり客引きのバックには暴力団の影があるのだ。(歌舞伎町のほとんどの飲食・風俗店と同様)客引きたちのケツ持ちは客引き絡みのトラブルが発生すれば用心棒として出動する。

*暴力団が飲食店などから徴収する金銭の総称。

2.8 客引きのルール

客引きたちの間にはいくつかのルールが存在する。代表的なものに「縄張りの範囲外で客引き行為をしてはいけない」というものがある。これを破れば、暴力団員や別の客引きから注意や暴力や金銭的な制裁を受ける可能性もある。(確認した限りでは、ある程度なら黙認されることもあるようだ)他にも、「他の客引きが交渉・案内している最中の客に声をかけてはいけない」「店の前で立ち止まってはいけない(営業妨害になるため)」といったルールが存在する。仮にどこかの店の前で歩行者を捕まえることができたら、店の前からずれなければならない。所属している客引きグループから別のグループに移動してはいけないという暗黙のルールも存在する。
また、ルールとまではいかないが客引きが留意すべきこととして、暴力団員および警官と思しき人物に声をかけないということが挙げられる。暴力団員に声をかけてしまった場合、運が悪ければ恫喝される。近年は巡回する警官が多いためか、派手なことはあまりしない傾向にあるが、かつては暴行されることも珍しくなかったという。そのためほとんどの客引きは少しでも暴力団風であると感じた相手には声をかけない。(複数の客引き談)警察官については後述する。

2020/01

歌舞伎町の客引きとボッタクリの裏側に迫る②
歌舞伎町での参与観察を通して知った、客引きとボッタクリの裏事情。

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