歌舞伎町の客引きとボッタクリの裏側に迫る③

犯罪/胡散臭

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歌舞伎町の客引きとボッタクリの裏側に迫る②
歌舞伎町での参与観察を通して知った、客引きとボッタクリの裏事情。

2.9 客引きたちの工夫

千人以上いると言われる歌舞伎町の客引きたちの競争は熾烈である。彼らの最初のミッションは、歩行者の足を止めることである。客に並んで歩き続けて縄張りの外に出てしまえばトラブルの原因になるからだ。そして何とか足を止めることができても、その後交渉が決裂する(パンクする)こともあれば、交渉が成立してもバックの小さい店への案内となってしまうこともある。そこで客引きたちは様々な工夫を凝らして、少しでも多くの客を捕まえて少しでも大きなバックの店に案内することで収益を上げようとする。以下に、実際にどのような工夫がなされているのか、フィールドワークを通して確認できた例を述べる。

2.9.1 対象を選ぶ

慣れた客引きは歩行者をよく観察して引けそうな対象を選ぶ。歩行スピードが遅く、目線の動きが多い客は、店を探していたり客引きに声をかけられるのを待っていたりする可能性があり、彼らは「テッパン」と呼ばれる。また、離れたところにある案内所から出てきた客に目をつけるなど、視野を広げて機会を窺っている。ほとんどが無視される客引きという商売においては、ただ闇雲に声がけをしても結果に繋がらず体力と精神力を消耗することが分かっているからである。
同じような理由で女性を客引きの対象から外している客引きは多い。ホストやボーイズバーといった女性向けの店もあるとはいえ、初回の単価は1000-2000円程度と低いため、バックはその半額の500-1000円程度にしかならないからだ。資源分配も工夫の一つである。余談だが、女性にも声をかける客引きであっても、目の前の女性の容姿が醜いと判断すれば声をかけない傾向にある。将来的に大きなお金を落とせるポテンシャル(現在昼職であってものちにホストに貢ぐためにキャバクラや風俗嬢になって稼げる)をホストクラブは重視するため、入店を制限することがあるからである。

2.9.2 声がけ

歩行者の足を止めるために、客引きたちの多くは同じようなフレーズで声がけをする。「あれ今日どこ行っちゃうんですか」「何系探してますか」「キャバクラおっぱいないですか」「こんばんは~お探しはありますか」などがその代表例である。奇を衒って注意を向けさせるために「おっぱい温まってますよ(おっぱぶ)」「乳首のボルダリングいかがですか(おっぱぶ)」「北海道産クリトリスどうですか(ヘルス)」などといったコミカルなフレーズで話しかける人も多い。

2.9.3 探りを入れる

会話の中で「今日はどちらから来られたんですか?」「いつもどの辺で遊んでるんですか?」などと自然な流れで問いかけた上で、歌舞伎町に不慣れであると判断した場合は、通常料金よりも高い金額を提示することもある。これは客引きや案内所によるぼったくりやプチぼったくり(あからさまなぼったくりではないが明らかに高い)においても同様である。
その目的については「2.5.6 バックを増やすための手口」において説明している。

2.9.4 ハッタリとアバウトな表現

ぼったくりをしない客引きでも、ギリギリの言い訳ができる嘘をついたり複数の解釈が可能なアバウトなことをあえて言い放ったりすることがほとんどである。歩行者に「キャバクラ3000円でいける?」などと不可能なことを言われても(キャバクラは基本的に5000円以上から)よほど非現実的な要求でなければハッタリで「いけます」と即答する。そうしてとにかくまずは関心を惹きつけてから、徐々に自分のペースに持っていく。
同様の例として、例えば新規のキャバクラに行きたい客の関心の的の一つには「そのキャバクラには可愛い子がいるのか」というものがあるが、客引きはその店で働く女性について何も知らなかろうが可愛い子がいないと思っていようがハッタリで必ず「います」と答える。実際に案内して後で「いなかった」と文句を言われても、「可愛いと感じるかどうかは人に依りますからね。僕は可愛いと思ったんですが」などと言ってかわす。
ある客引きは「客引きはハッタリが命」、また別の客引きは「さらっと嘘つけるタイプなら大丈夫だよ」と語っていた。

2.9.5 希望をねじ曲げる

客の希望通りに話を進めても、単価が低かったりバックが小さかったりしてあまりお金にならないこともある。客引きとしてはなるべく客に店でお金を使ってほしいため、客に対して説得を試みることがある。例えば安めのキャバクラに行こうとしている客に「今からギャンブルで増やしてからもっとグレードの高いところに行くってのはどうですか?」などと提案して裏スロに連れていったり「4000円でガールズバーなら6000円でキャバクラの方が絶対いいですよ」などと主張して最終的に1万円のおっぱぶに案内するところまで話を運んだりといったことは頻繁に行われる。
既に行きたい店や興味のある店がある程度定まっている客に対しては、その店との繋がりがなかったりその店のバックが好ましくなかったりすれば、電話で店に空席などを確認する素振りを見せて「満席です」などと嘘をつき、より大きなバックが得られる別の店に連れていくということも日常茶飯事の光景であるという。

2.9.6 他の客引きにパスする

案内できる店は客引きによって異なる。ギャンブル系に強い客引きもいればヌキ系に強い客引きもいる。声をかけた客が自分の守備範囲外の店を希望していた場合、あるいは交渉が難しそうな場合、客引きたちは「パス」と呼ばれる行為に出る。これは、捕まえた客の希望を叶えられそうな、あるいは交渉の得意な(より高いお金を取れたり懐柔したりできる)他の客引きに客を引き渡すことである。その結果、その客がどこかの店に案内されてお金を支払った場合、最初に声をかけた客引きと実際に店に案内した客引きは、店からのバックを折半する。(実際に案内した客引きが1000円多く取ることもある)「2.12.4 無料案内所と客引きの関わり」において説明するが、無料案内所にパスするケースもある。

2.9.7 自腹を切る

あともう一押しで交渉が成立して案内できるという状況であれば、例えば6000円のキャバクラに客を入れるために、1000円ほどを手渡すこともある。自腹を切るわけだが、例えばその店がゼロ落ちであれば、5000円の儲けにはなるからである。自分の取り分は減るとはいえ、こうすることで客を安心させて店に案内することができる。

2.9.8 誠実さでマイ客を掴む

また、ぼったくりやプチぼったくりをしようとする客引きが多い中で、そうしたことをせずに誠実に客を案内する良心的な客引きも存在する。彼らは正当な料金で優良店に案内して客の好感を得ることで、連絡先を交換するなどしてまたその客が歌舞伎町に来たときに連絡を貰って案内する。プチぼったくりなどをする客引きたちに比べて単価は小さいものの、継続的に堅実に収入を得ることができる。(このようなお得意さんを「マイ客」と呼ぶ)

2.9.9 出待ちする

客を店に案内したあとも、彼らの工夫は終わらない。客の退店時間が近付いた頃に店からの連絡を受けたり自ら足を運んだりして、その客を店の前で出迎えることもあるのだ。これを出待ちという。(優良店に案内する場合に限る)その目的は、続けて別の店に案内することや、それが叶わなくともしっかり挨拶などをすることで客に好印象を抱かせることで連絡先を交換して次に繋げる(マイ客にする)ことである。客がその店を充分に楽しむことができれば次に繋げやすくなる。

2.9.10 外国語学習

外国語学習も工夫の一つとして挙げられるだろう。近年、歌舞伎町を訪れる外国人観光客は増加の一途を辿っている。そのため、英語や中国語などができれば案内対象の幅が大きく広がり、外国人の足を止めた客引きからのパスも回ってきやすくなる。語学力は歌舞伎町においても大きな力を発揮するのである。ただし、外国人は立ち入りできない店が多い。また、暴れる人が多いという理由により、韓国人の入店を制限している店もある。

2.10 客引きたちの素顔

 実際にどんな人たちが客引きをしているのか、歌舞伎町でのフィールドワークを通して知った一部の例をここに記載する。

 中部地方出身24歳男性。高校卒業後、音楽系の専門学校のために上京するも、音楽で食べていくのは難しいと悟り、退学。歌舞伎町のカラオケ店で「固定の客引き」のアルバイトを始める。近くにいた客引きグループと仲良くなり、そのグループに加入。(A氏)

地方出身30歳前後の男性。高校中退。歌舞伎町には10年ほどおり、フリーの客引きを経てとある無料案内所の店舗運営に携わっている。たまに店頭で客引きを行なう。交友関係が広く、歌舞伎町内外の友人が案内所をよく出入りする。観察力に優れ、一度も逮捕されたことがない。知能とカリスマ性が光り、人心掌握術に長ける。

北関東地方出身の40歳前後の男性。上京後、歌舞伎町のカラオケ店で「固定の客引き」のアルバイト中に、客引きの人たちとの繋がりが生まれ、無料案内所所属の客引き(次項にて説明)として12年ほど過ごす。ぼったくりはしない主義であるという。扱う店の数が比較的多い。

 地方出身の30歳前後の男性。高校中退後、高卒認定試験で高校卒業資格を取るも、特殊詐欺などで服役する。歌舞伎町で客引きを10年ほど続けているベテラン。マイ客(特定の客引きの常連客)が多く、話を伺った日には客引きとマイ客の案内で19万円を稼ぐ。元パチプロであり、裏スロットなどで一晩に20万円以上稼ぐこともある。ギャンブルでこれまで1億は溶かしたと語る。客引きによるこれまでの最高日収は80万円超であるという。将来を考えて店舗経営などを検討していた。

 九州出身30歳前後の男性。地元で数千万円の借金をつくり、夜逃げして上京。身分証を持っていない。手元に現金があると油断してしまうため、稼ぎは交通系電子マネーSuicaなどにチャージすることを心掛けている。

 九州出身20代半ばの男性。私立大学を中退後、九州の繁華街で客引きを始める。その後上京して歌舞伎町のとある無料案内所にてネットカフェのようなスペースを拠点にしばらく働く。一度客引きで逮捕される。その後独立してフリーの客引きとなる。(原則として独立はできないため、特殊例である)

 九州出身18歳男性。地元で本人曰く「二度と帰れない」と語るほどの大きな事件を起こして逃げるように上京。歌舞伎町での風俗系スカウトを始めるがあまり稼げず客引きになる。女性を孕ませてしまい、お金を払わなければいけないという。容姿端麗であり、次はホストをやると語っていた。

その他、みかじめ料6万円だけを握りしめて歌舞伎町にやってきて客引きを始めた23歳男性、地方某有名繁華街にて客引きをしていたグループを引き連れて2012年頃に上京して歌舞伎町で15人規模の客引きグループの代表をしている35歳男性、都道府県をほとんど知らない(関西は大阪と奈良くらいしか知らない)20代の中卒男性などもいた。

客引き行為は、上手くいかないときは全く駄目である一方で調子が良ければ一攫千金も狙えるという点でギャンブルに似ている。客引きを続けている人というのは往々にしてギャンブル好きである。ギャンブルなどで何百万円もの借金をつくり、クビが回らなくなって(借金が返済できなくなって)飛ぶ(歌舞伎町から忽然と去る)人は多い。そのため人の入れ替わりは激しいが、例えば18歳から始めて現在32歳などという10年越えプレイヤーも多い。
客引きになった経緯は十人十色であり、A氏のように居酒屋やカラオケの客引きから転身するケースもあれば、家出をしたり仕事が上手くいかなかったりした結果辿り着くケースも珍しくない。なお、居酒屋やカラオケの客引きは時給に加えて多少の歩合程度しか貰えないため稼げる上限は低い一方で、逮捕されたときに店が罰金を支払うことになるので、従業員としてはリスクが低い。
学歴に関しては中卒や高卒が多いが、専門学校卒や大学中退者、大学卒業者もいる。例えばMARCH卒であるという男性は英会話能力をウリにして外国人客の案内を得意としていた。

2.11 日本人以外の客引きたちとその商法

客引きには外国人も多い。特に目立つのはアフリカ系黒人の客引きである。(ナイジェリア人やガーナ人)彼らが案内する主な店は外国人が勤務するキャバクラやヘルス、ナイトクラブ(不法就労の温床であるという)であり、対象は日本人および外国人(観光客)である。(日本人の客引きでも英語などの外国語を操る者はこうした外国系の店と提携していることもある)使用言語は自国の言葉と英語、多少の日本語という傾向にある。日本人の客引きとはあまり交わらない。
彼らの中には客引き以外の商売を営んでいる者もいる。その一例にドラッグ売買がある。歌舞伎町でのフィールドワークを通して大麻やコカインなどの違法薬物を扱う日本人を見つけることはできなかったが、アフリカ系黒人の客引きたちの中に複数名を観測することができた。彼らは一般の日本人に対しては薬物に関する情報や薬物を渡さない。その理由を確認することはできなかった。
彼らが何度かにわたって店の案内のために声をかけてきたときに英語で薬物に関して尋ねたところ、決まってどこから来たのかと尋ねられたため、そこで日本と答えると、一様に怪訝そうな顔をしながら薬物については知らないという返事が返ってくるのである。そこで、別の機会に同様に声をかけられたときに、同様に薬物について尋ね、直後に繰り出される出身に関する問いに対して日本以外の国を答えると、情報が提供された。これ以上は本筋から離れるためここでは扱わないが、つまり彼らのターゲットは外国人観光客のようである。
また彼ら同様に目立つのが、台湾系マッサージ店所属の女性の客引きである。表向きには雑居ビルなどでマッサージを施術しているが、その裏で宿泊および手淫やセックスといったヌキ系サービスも提供していることを確認した。(売春防止法違反等)

2.12 無料案内所

2.12.1 無料案内所とは

無料案内所(または案内所、無料風俗案内所)とは、歓楽街にあるキャバクラやガールズバー、風俗店などを客に対して無料で紹介・案内する業態のことである。
客引きと同じで、提携している店に案内するたびに、お店からバックを受け取ることで経営している。案内所によっては店内に掲示するパネル毎に掲載料を受け取り、案内による歩合は発生しない場合も一般にはあるが、歌舞伎町においては稀であると考えられる。
客が案内所にお金を払う必要はなく、ゆえに無料と謳っている。性風俗専門の案内所もあれば、ホストに強い案内所、手広く扱っている案内所など様々である。ソープは案内対象外であるらしい。
客引きに関しても同様であるが、ホストやキャバクラ嬢といった従業員の出勤状況や空席情報などタイムリーな情報の確認、店との交渉、場合によっては特別割引料金の適用などといったサービスを受けることも可能である。
案内所を通そうがフリーの客引きを通そうが、どちらの方が安くなるということは一概には言えない。(ぼったくりがない分、期待値的には案内所の方が安い)
客引きは怖いが案内所なら安心できるという層は一定数おり、そうした層が主なターゲットとなる。なお、暴力団によってみかじめ料を徴収される場合が多い。(ケツ持ち)
歓楽的雰囲気を過度に助長する風俗案内の防止に関する条例、および歓楽的雰囲気を過度に助長する風俗案内の防止に関する条例施行規則によって規定されている。

2.12.2 悪質な無料案内所

案内所は本来、ぼったくり被害に遭うことなく安心してナイトライフを楽しむためのものである。店舗を構えている以上、客引きとは違って逃げ隠れすることができない。よって案内所ではぼったくりは基本的に行なわれず、近年ではせいぜいプチぼったくり程度しか行なわれない模様である。(本来6000円のところを9000円で案内するなど)
しかし案内所の中にも悪質なものはあり、客に紹介料の支払いを要求したり、ぼったくり店に連れていったりといったケースも僅かではあるが存在する。後者の場合、「ぼったくられた客がクレームを言いに来るのを避けるために、客を案内したあとは数時間シャッターを降ろして店を閉めているところもある」 という。
「一般社団法人夜遊び安全協会」のステッカーが貼られているものは安全であると言われている。 また、案内所によっては経営母体の会社名が記載されていることもあり、その会社を調べることでリスクを減らすことができる。

2.12.3 無料案内所で働くということ

入店してきた客を希望に沿って提携先の店に案内するというのが案内所の主な業務である。案内所の前に立ち、不特定の大衆に向かって「案内所いかがですか」などと呼びかけることもある。(特定個人への声がけでなければ合法である)この場合、従業員はシフト制の時給労働である。
また、案内所によっては、従業員が歩行者に個別に声をかけるところもある。(客引きと同じく条例違反)この場合、客にすることができれば店からのバックを案内所と折半して受け取ることができる。例えば基本ゼロ落ちのキャバクラに6000円で客を案内した場合、店からのバックは6000円であり、その客を引いた従業員の取り分はその半分の3000円となる。客引きと案内所の中間のような存在であり、完全歩合制である。(条件は案内所によって様々)
客を捕まえることができればあとは交渉役の人間(案内所のボス)に回してしまえばいいため、店に関する知識がほとんどなくても通用する。寒い時期には休みながら暖を取ることもできるため、フリーの客引きよりも労働環境は良い。また、逮捕されたとしても罰金の半額は案内所が負担するという決まりになっているケースもある。フリーの客引きよりもローリスク・ローリターンな働き方であると言える。
まずは案内所で働いて、そこで歌舞伎町の店の知識を蓄えてからもっと稼げるフリーの客引きに転身したいと考える者もいる。しかし、歌舞伎町においては案内所に所属したあとにフリーの客引きになったり他の案内所で働いたりすることは原則として許されない。背後の暴力団や客引きのグループなど、様々な事情が関連しており、トラブルの原因となるからだ。最初にどこに所属するかが肝心というのは、歌舞伎町における暗黙の了解のようである。(ただし、懇意にしている店などへの転職の場合はその限りではない)
なお、案内所所属の客引きが客引き行為で逮捕された場合、案内所で働いているということは絶対に言ってはいけない決まりになっている。案内所で働いている人間が店の指示で客引き行為をしていたという証言を警察に与えてしまえば、その案内所は摘発されてしまうからだ。そのため警察は、本当のことを言えば罰金を減らすなどと言って客引きの口を割らせようとするという。ここでもし本当のことを言ってしまえば、その客引きは歌舞伎町に戻ることができなくなる。案内所としてはこのようなリスクを背負わないために、日常的に勤務するコミット度合いの高い者を雇おうとする。

2.12.4 無料案内所と客引きの関わり

複数の客引きに話を聞くところによると、案内所の中には、客引きからの案内・パスを受け付けている店舗がいくつも存在する。A氏のグループでも、懇意にしている案内所が一店舗あるという。
では客引きはどんなときに案内所に客を案内するのかというと、声をかけた相手が案内所になら行ってもいいという反応を示したときである。「2.12.1 無料案内所とは」で記したように、客引きは怖いが案内所ならば安心できるという客層が存在する。そのため、声をかけて「一回ぼったくられてるから客引きにはついていかないよ」などと返されれば、「大丈夫ですよ。僕、無料案内所の人間なんで」などと嘘をついて連れていくという。もしくは無反応の歩行者に対して自らダメ元で「案内所からご案内できるんで心配ないですよ」などと追加の声がけをすることもある。案内所の人間は口裏を合わせて対応する。客引き側は客が警戒していることを知っている上に案内所内で交渉することになるため、ぼったくりの被害に遭うことはまずないと言っていい。こうして案内所を経由した場合、店からのバックは案内所と客引きの折半となる。
また、客引きとして三回ほど捕まってしまった者が案内所などの内勤に転職するケースもあるという。(A氏談)案内所が従業員と親しいフリーの客引きたちの溜まり場となるケースも観察された。(雑談、賭博、ゲーム、違法薬物摂取などの行為を確認)

2.13 客引き業界用語

客引きたちがよく用いるスラングの中で把握できたものを紹介する。(本シリーズの他の項目で説明しているものを除く)
片手:5万円
両手:10万円
テン:1万円。3テンなら3万円
タコ:稼ぎがゼロであること
パンク:案内中の客が途中で離脱して案内不能になること
シャキる:客引き同士や店と客引きとの間で、取り分を(一部)騙し取られること

2.14 逮捕される要件および逮捕後の処遇

迷惑防止条例などに違反する行為である客引きだが、ただ特定の個人に声をかけているだけで警察にパクられる(逮捕される)ことはない。逮捕されるのは、巡回する私服警官に15-20mほどついていった場合にほぼ限られる。もしそれを行なえば、ベルトなどを掴まれて迷惑防止条例違反などでその場で現行犯逮捕されてしまう。警察はその場で歩行距離を計測する。危険を冒して客についてある程度の距離を歩く客引きは多いが、そうでもしなければなかなか引くことができないのが実情である。
私服警官を見分けるポイントとしては、「スニーカーを履いている(走りやすいため)」「柔道耳になっている(警察の訓練科目、採用における武道有段者の優遇)」「体つきがガッシリしている」「横掛けのバッグを携帯している」「何かを探っているような目線である」「客引きの話に少し興味を示しながらも歩く速度を変えない」などがあるという。(無料案内所勤務30代男性談)また、私服警官が増員される日は、他の客引きやケツ持ちの暴力団員などからその情報が入ってくるのだという。(同男性談)
警察に逮捕されるとまずは警察署において警察官から取調べを受けることになり、そのあと検事による取調べが行われる、検事は勾留期間の延長を裁判所に届け出る。態度が悪かったり逃亡の恐れがあったりするということがなければ、初犯の場合は勾留延長されずに2日で留置所から出てくることができるという。逮捕経験者によると、提供される食事は不味く、トイレはほとんど外から丸見え状態という劣悪な環境であったという。場合によっては弁護士を立てる必要がある。(逮捕歴のある複数の客引き談)
「2.3 なぜ客引きをするのか」でも述べたが、逮捕されると迷惑防止条例の適用により罰金30万円(初犯に限る。二回目は50万円)を警察に支払う必要がある。客引きグループに所属している場合、当該グループやその他のグループのメンバーたちによる「保証」に事前に加入していれば、参加メンバーそれぞれから1万円ずつ出してもらうことで支払いに補填することができる。逮捕・罰金というリスクの伴う客引き行為を彼らが続けられる背景には、このような保険制度に類したリスク削減手段があるのだ。無論、「保証」に加入している他のメンバーが逮捕されたときは1万円を出す必要がある。「保証」に入るのは任意であり、入っていなければ逮捕されたときには全て自分で対処しなければならなくなる。

2.15 客引きの存在意義

客引きはぼったくりに大きく関与する存在である。ぼったくりに際して殺人にまで至った事例を含め多くの被害が発生したことにより、様々な条例によって規制対象となってきた。(第三章、第四章参照)
では、そんな厄介な存在である客引きを、完全に排除すべきなのだろうか。ここで、客引きの存在意義について、改めて確認しておきたい。
まず、歩行者・客にとっての客引きの存在意義とは何か。そもそもキャバクラやヘルスなどの風俗店の広告を出稿する媒体や費用対効果の高い広告代理店は少ない。風俗営業法違反など違法性の高い店も多いため、ネット上に堂々と広告を出すのも難しい。よって、ユーザーからするとそうしたお店の情報を得るのが困難なのである。まして変化の激しい街であるため、例えばどのキャバクラにどんな人がいるのかといった情報はすぐに古くなっていく。客引きを上手く利用できれば、情報を探す手間を省き、リアルタイム性の高い情報を入手し、複数の候補から自分の希望に沿った店を選び、複雑な雑居ビルであっても案内してもらうことができる。つまり、客がナイトライフを楽しむための辞書・広告塔としての意義を有していると言える。
続いて、繁華街にとっての客引きの存在意義とは何か。国際カジノ研究所・所長の木曽崇はこう語る。「「客引き」というのは、街に広がる繁華街において必要な「機能」でもあります。特に、大通りに面していない裏通りの雑居ビル、もしくは大通りに面しているが地下や高層階に立地するような商業店舗にとって、「客引き」は視認性の悪さを補完し、そういう立地でも商業が成り立つ為に必要不可欠な「営業行為」です。逆に、特定の地域において客引きを認めないということは、そういう視認性の悪い店舗の成立を認めないということであり、街は裏通りから徐々にテナントを失ってゆく。当然ながら、そういう地域の不動産価値も下落してゆくことになります。」 つまり、客引きは一定の規模のある繁華街の経済振興にとって重要な機能を果たす存在でもあるのだ。ネットなどで拾うことのできる情報が少ないからこそ、なおさらその重要性は増している。
本来であれば、ぼったくりのリスクが高い客引きではなく、同様の機能を有する比較的安全な案内所を使えばいいという話になる。武岡(2016)の言葉を借りれば、「客は往々にして「酔っていて」、冬や夏は一歩店の外に出れば「寒かったり暑かったりする」。そうした状況で、携帯電話で風俗情報サイトにアクセスして行きたい店舗を見繕ったり、無料案内所まで出かけて次の店を相談したりすることは、ほとんどありそうもないこと」なのである。 [武岡暢, 2016:167] また、案内所が何なのかを分かっていない人もおり、怪しげな見た目から敬遠されてしまうこともある。その結果、客引きについていってまんまとぼったくられてしまう人が現れるのである。

2.16 なぜ人は客引きについていくのか

第四章で詳しく述べるが、歌舞伎町には立て看板やアナウンスなどで「客引きにはついていかない」「客引きは100%ぼったくり」などと注意喚起が再三なされているにも関わらず、客引きについていく者は後を絶たない。もちろん「100%」は誇張であり、ついていった結果ぼったくられるとも限らないのだが、ぼったくられてしまう人たちは毎日のように発生している。
どのような人がぼったくりに遭うのかについて、作家・溝口敦は著書『歌舞伎町・ヤバさの真相』の中で、「歌舞伎町でぼったくり被害に遭うのは「何か面白いことないか」と期待している客に限られる」と述べている [溝口敦,2009:148] 。これは「どのような人が客引きについていくのか」についても同様に言えることだろう。
昨今の歌舞伎町において客引きは基本的に無視される存在であるが、怖いもの見たさで歌舞伎町にやってきた不慣れな地方出身者などは獲物にされてしまいやすい。
また、飲食店などで酒を飲んで酔っ払ったことで気が大きくなり、冷静な判断ができなくなっていることも多い。思考の時間を与えられないままに勢いで案内され、断り切れずに押し切られてしまうという場合もある。
無論、歌舞伎町の事情やぼったくりの手口などをある程度把握し、あるいは把握せずとも歌舞伎町に詳しいという素振りで客引きと交渉すれば、ぼったくり被害に遭う可能性は激減し、健全にナイトライフを楽しむことができる。「安くしてくれる」「色んな店を教えてくれる」「客引きに希望を伝えれば応えてくれる」など、客にとって有用性を発揮するのもまた客引きという存在なのである。
次章では、歌舞伎町のぼったくりについてその事例や手口などを中心に説明していく。

2020/01

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