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第五章 結論
これまで、フィールドワークや文献調査等に基づいて、客引き業界の様々な事情や手法、客引きがハイリスクハイリターンな商売であること、客引きは繁華街の経済を回す重要な存在であることなどを明らかにした上で、歌舞伎町自体がぼったくり構造を持っており、規制が強化されても形を変えて存続し続けているということを説明してきた。行政等の取り組みにも関わらず、違法営業店などが事実上看過される「経済特区」としての構造を打ち崩すほどのものになるところまでは至っていないのである。強化される規制によるリスクを補って余りある収入に価値を置く者、他に行く当てのない者たちは後を絶たず、2020年1月現在においても大量の客引きが虎視眈々と狙いを定めている。客引きやぼったくりは池袋など他の繁華街でも見られるが、歌舞伎町ほど根深いものではないようだ。
第三章および第四章に記したことを俯瞰すると、規制が厳しくなるたびに客引きたちは新たな抜け道を見つけて形を変えながらもぼったくり行為を続けてきたことが分かる。ぼったくりキャバクラのような店舗型ぼったくり店が規制されれば無店舗型のぼったくりヘルスへ、高額のぼったくりが難しくなれば少額で問題化しにくいプチぼったくりへと移行してきた。ぼったくり防止条例で料金明示義務が規定されれば、店の入り口の少し上にすごく小さく料金表を貼っておくことでそれに気付かなかった客には高額料金をふっかけるようにしたり、暴力による料金の取立てが禁止されれば、丁寧な口調で対応して恫喝や暴力を伴わない形で支払わせようと誘導したりと、法の網をかいくぐる工夫が生まれていく。出会い系アプリを利用したぼったくりのように、今後も新たな手口が生まれては消えていくであろう。客引きやぼったくりをなくすための様々な規制にも限界はある。騙される者がいる限り、騙す者は存在しつづける。イタチごっこは今後も続くと予想される。
ぼったくり被害を防ぐ上で行政や警察が現場で工夫できることはもっとあると私は考える。例えば、歌舞伎町の路上における立て看板やアナウンスなどによる注意喚起は「客引きには絶対についていかない」「客引きは100%ぼったくり」といった抽象的なものばかりであり、かつそれらが真実を突いているわけではないことが歩行者・客の判断を鈍らせているのではないだろうか。
路上での注意喚起に関する私の提案は、ぼったくりの最新の動向をその都度把握しながら、それらの具体的な手口への注意喚起を始めることである。例えば、第三章で述べたぼったくりヘルスの手口においてよく引き合いに出される「AV女優とセックスできます」というフレーズ(池袋などでも見られるという)に着目し、「AV女優とセックスできるなどと話しかけてくる客引きは100%ぼったくりです」などとアナウンスをしたり巡回の警察官が呼びかけたりするといったことができるのではないだろうか。
それでもまた別の手口が生まれてイタチごっこは続くだろう。しかし、第四章で示したように様々な規制によって以前に比べてぼったくりがやりにくい状況に変わってきており、通報件数や相談件数が減少しているのだから、短期的・長期的に意味がないということはないだろう。
著者は、客引き行為自体は問題ではないと考えている。第二章および第三章で述べた通り、客引きは訪れる客の要望を叶える上で有用となりうるものであると同時に繁華街の経済振興においても重要な機能を果たすものでもあるからだ。全ての客引きがぼったくりをしているわけでもなく、ぼったくりをする客引きであっても常にぼったくりをしているとも限らず、しつこく付きまとったり目の前に立ちふさがったりする客引きは現時点においては多くないということには注意を払いたい。客引きがしつこく付きまとうようなことなく良心的な料金で優良店に客を案内していたのであれば、それも一つの在り方として認められていたかもしれない。問題は、執拗な声がけや悪質なぼったくりなどである。
歌舞伎町に滞在していると、ギャンブルや本ヘルス、ソープなどの違法行為で成り立つ店への需要は高いことを感じる機会が何度もあった。広告を出すこともできないそうした店舗が存続する以上、客引きへの需要もまた高いものになる。また、売春防止法に違反する風俗店の存在はセーフティネットになっているという側面もあり、そうした違法店への規制を強化すべきとの意見に対しては一概に頷くことはできない。キャバクラやホストクラブなどによる風俗営業法を無視した営業が当たり前のように行われている歌舞伎町ではグレーゾーンの境界が曖昧であり、客引きもまたグレーゾーンにおける存在として今後も存在しつづけるであろう。
いっそのこと、アメリカやオランダの大麻政策のように、規制を緩和することで取り締まりのしやすい状況をつくるというのも一つの手段であると私は考える。具体的には、売春防止法や風俗営業法の緩和である。しかし、その実行に向けては課題がたくさんあるため、その検討は今後に譲りたい。
歌舞伎町でのフィールドワークを通して、なかなか知ることのできない生の声を得ることができた。しかし、1ヵ月に満たないフィールドワークの中で知ることができたのは全体のごく一部に過ぎない。どんなときに私服警官の巡回が多くなるのか、どのようにして客引き側にその情報がもたらされるのかなど、調査・検討・考察する余地は大幅に残されている。今回は主に客引きとその行為に焦点を当てたが、店や暴力団、警察や客に着目することで、新たに見えてくるものはたくさんあるだろう。今後も変化しつづける歌舞伎町に注目していきたい。
参考文献
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2020/01
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